歴代の一覧

2020年代

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部門 受賞者
2024 国際映画批評家連盟賞 「ナミビアの砂漠」

監督:山中瑶子(ようこ)

ナミビアの砂漠

山中監督(受賞時27歳)の長編第2作。脱毛サロンで働く女性の日常を描いた。主演は河合優実。
2023 男優賞 役所広司
「パーフェクト・デイズ」

役所広司

※2004年の柳楽優弥(誰も知らない)に続き、日本人として史上2人目の俳優部門での受賞。東京を舞台にした日独合作映画(ビム・ベンダース監督)で、労働者階級の男性を演じた。朝のうちに街中の公共トイレを清掃する一方で、自由な時間を使って本を読んだり、木を育てたり、周囲の人々を観察したりして過ごす役柄。
本作は、キリスト教関連の団体が贈るエキュメニカル賞も受賞した。
脚本賞 「怪物」
脚本家:坂元裕二
※映画「花束みたいな恋をした」、テレビドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」「カルテット」「東京ラブストーリー」などの名脚本で知られるヒットメーカー。是枝裕和監督とは本作で初めてタッグを組んだ。日本映画のカンヌ脚本賞は2021年の「ドライブ・マイ・カー」(脚本:濱口竜介&大江崇允)以来で、史上2作目。
本作は、性的少数派を題材にした作品に贈られる「クィア・パルム賞」も受賞した。
息子の行動に不気味な変化を感じた母親が、教師と対峙するサスペンス。
続きを開く▼ 是枝監督は長らく坂元作品の大ファン。デビュー作を除けば、すべての映画で自ら脚本を書いてきた是枝氏だが、「自分で書かずに映画を作るなら坂元さんしかいない」と周囲に語っていたという。

坂元裕二氏は1967年5月生まれ、大阪府出身。小学4年生の学芸会で初めて戯曲を書いた。 19歳の時に第1回フジテレビ・ヤングシナリオ大賞に輝いた。本屋で立ち読み中、応募要項を偶然見たのがきっかけだった。 上京してシナリオ・ライターに。 大流行テレビドラマ「東京ラブストーリー」(1991年)の脚本を20代前半で書いた。 青春ドラマや恋愛ドラマの請負人のような存在になった。 「ラストクリスマス」「西遊記」「トップキャスター」などのヒットを連発した。

40代に入ると、一段とクオリティの高さが評価されるようになる。 「わたしたちの教科書」で2008年に向田邦子賞。 2010年代以降、「マザー」「それでも、生きてゆく」「カルテット」「大豆田とわ子と三人の元夫」などでテレビ界の賞に次々と輝いた。

2021年、脚本を手掛けた映画「花束みたいな恋をした」が、独立系のオリジナル恋愛映画としては異例の大ヒットに。コロナ禍にもかかわらず興行収入38億円を稼いだ。


怪物

 監督:是枝裕和
 脚本:坂元裕二
 主演:安藤サクラ
 公開日:2023年6月2日
 言語:日本語
 製作国:日本
 配給:東宝、ギャガ
2022 ある視点部門・特別表彰 「PLAN 75」

監督:早川千絵

PLAN 75

※少子高齢化に伴い、75歳を過ぎた人が自ら生死を選べる制度が導入された近未来の日本を描いた。主演:倍賞千恵子(80歳)

日本公開:
2022年6月17日

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 動画(監督インタビュー)→
男優賞、エキュメニカル審査員賞 「ベイビー・ブローカー」
(韓国映画)

監督:是枝裕和

主演男優:ソン・ガンホ
※「パラサイト 半地下の家族」のお父さん役
2021 脚本賞、批評家賞など4部門 「ドライブ・マイ・カー」

【受賞部門】
・脚本賞
・国際映画批評家連盟賞
・エキュメニカル審査員賞
・AFCAE(アフカエ)賞(フランスの独立興行主たちの連合組織AFCAEにより選ばれ授与される賞)

監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允(たかまさ)

ドライブ・マイ・カー

【配信:アマゾン

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2010年代

 | 18 | 16 | 15 | 13 | 

部門 受賞者
2018 最高賞(パルム・ドール) 「万引き家族」

監督:是枝裕和

万引き家族

日本映画が最高賞に輝くのは、1997年の「うなぎ」以来21年ぶり。

家族ぐるみで犯罪を重ねる一家の姿を通して“家族を超えた絆”を描く。

是枝監督は1962年東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、1987年ににテレビ番組制作会社(テレビマンユニオン)に入社。テレビのドキュメンタリー番組などを手掛けた。1995年に映画「幻の光」で監督デビューした。モノクロで撮影された「幻の光」では、新人離れした手堅い演出が評判になり、第52回ベネチア国際映画祭金のオゼッラ賞を受賞した。

ままならない家族の姿を通して社会のひずみを映し出す作品を多く手掛け、問題提起型の社会性と映画としての娯楽性を高い次元で融合させてきた。

カンヌのコンペティション部門には2001年に初参加。2004年に「誰も知らない」で当時14歳の柳楽優弥が同映画祭史上最年少で日本人初の男優賞を獲得した。2013年には、出生時の取り違えを題材にした「そして父になる」が審査員賞を受賞した。今回、コンペ出品5作目で頂点に上り詰めた。

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2016 ある視点部門・審査員賞 「淵に立つ」

監督:深田晃司

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ある視点部門・特別賞 「レッドタートル ある島の物語」

監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット

スタジオジブリ制作。日仏合作。
2015 ある視点部門・監督賞 「岸辺の旅」

監督:黒沢清

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2013 審査員賞 「そして父になる」

監督:是枝裕和

主演に福山雅治を迎え、病院で起きた乳児取り違えをテーマに家族の絆と血の問題を描いた。

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2000年代

部門 受賞者
2008 ある視点部門・審査員賞 「トウキョウソナタ 」

監督:黒沢清
2007 審査員特別グランプリ 「殯(もがり)の森」

監督:河瀬直美
2004 男優賞 柳楽優弥(やぎら・ゆうや)
「誰も知らない」
柳楽優弥

受賞当時14歳(中学3年生)。カンヌ史上最年少の男優賞となった。また、日本人として初めて俳優部門での受賞だった。

1988年に実際に起きた「東京・巣鴨子供置き去り事件」が題材の本作。母親に置き去りにされた4人の子供の放浪生活を、是枝監督が実録的な映像表現で描いた。柳楽優弥は長男を演じ、自然な演技に評価が集まった。

1990年東京生まれ。本作が 俳優として初めての仕事だった。当時は東京都内の公立中学でサッカー部に所属する中学生。「友達がやってて楽しそうだった」と芸能事務所に自ら応募し、2002年夏に事務所入り。初オーディションで本作の主役を射止めた。柳楽の起用は、オーディションで「目」を見てすぐ決めたという。

この年のカンヌで審査員長を務めたクエンティン・タランティーノ監督は「彼(柳楽)の表情が一番印象深かった。毎日多くの映画を見たが、最後まで印象に残ったのは彼の顔だった」と讃えた。

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2001 国際批評家賞 「回路」

監督:黒沢清

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2000 国際批評家賞 「ユリイカ」

監督:青山真治

1990年代

部門 受賞者
1999 国際批評家賞 「M/OTHER」

監督:諏訪敦彦
1997 最高賞(パルム・ドール) 「うなぎ」

監督:今村昌平(いまむら・しょうへい)

うなぎ

日本映画として史上4作目の最高賞。

浮気した妻を刺殺した男(役所広司)が服役したあと理髪店を始め、再出発する。だが、一人の女(清水美砂)の出現で予期せぬトラブルに巻き込まれる。獄中から飼っていたうなぎが唯一の話し相手。周囲の人間たちによって次第に心を開いていく

イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督の「桜桃の味」とともに、2作品同時受賞だった。

今村監督は1983年の「楢山節考」に続いて、2度目の最高賞の受賞となった。フランシス・F・コッポラ、エミール・クストリッツァ、ビレ・アウグストに続く史上4人目の快挙だった。

1926年(大正15年)、東京・大塚出身。早稲田大学卒業後の1951年、松竹大船撮影所に入社。助監督を務める。1954年に日活に移籍。1958年「盗まれた欲情」で監督デビュー。

3作目の「果しなき欲望」で頭角を現し、「にあんちゃん」「にっぽん昆虫記」などヒット。1965年に今村プロを設立後、「神々の深き欲望」などを発表。

1971年から映画界を離れ、以後、テレビのドキュメンタリーなどで活躍。1975年に若手の育成を目指し「放送映画専門学校」を設立。

1979年「復讐するは我にあり」で8年ぶりに監督復帰。「ええじゃないか」「楢山節考」で成功。

1989年、「黒い雨」でカンヌ高等技術委員会賞を獲得した。
新人監督賞(カメラ・ドール) 「萌の朱雀」

監督:河瀬直美
※日本人として初の新人賞
1990 審査員特別グランプリ、国際批評家賞 「死の棘(とげ)」

監督:小栗康平


1980年代

部門 受賞者
1989 高等技術委員会賞 「黒い雨」

監督:今村昌平
1987 審査員賞 「親鸞・白い道」

監督:三國連太郎
1985 芸術貢献賞 「MISHIMA」

石岡瑛子(美術家)
1983 最高賞(パルム・ドール) 「楢山節考(ならやまぶしこう)」

監督:今村昌平

楢山節考(ならやまぶしこう)

下馬評では、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」が、パルム・ドールの最有力候補と見られていた。ところが、蓋を開けてみると、同じく日本の楢山節考がパルムドールに選ばれた。

今村昌平監督は現地入りしておらず、代わりに主演の坂本スミ子がトロフィーを受け取った。

「姥(うば)捨て」の伝説に基づいた物語。食糧の乏しいある村で、口減らしのために70歳になると老人を山に捨てる習慣がある、という設定。原作は深沢七郎の1957年の小説。

小説が発表された翌年、世紀の名匠・木下恵介監督が映画化し、日本映画史に残る傑作として評価された。ロケーション撮影を好んだ木下監督には珍しく、大半のシーンをスタジオで撮影した。木下監督いわく「原作自体がつくりものなのだから、リアルな演技はできないし、リアルな映像は撮れないと考えた。舞台設定にすれば、思い切った風景を作ることができるし、好きな色を出すこともできる。演技も衣装もすべて“つくりもの”としてやりたかった」という。

それから25年後、原作の発表時から自身による映画化を切望していたという今村監督(当時57歳)が、木下路線と異なる「リアリズム」を掲げて映像化に挑んだ。 今村監督は「木下さんの作品は私の助監督時代に封切られ、非常に面白い、いい映画だと思った。その半面、リアリズム的な作り方もあると思った」という。とりわけ重視したのは、木下作品でははっきりと描かれていない「山村でのきつい労働」と「性行為」の2つの現実を描くことだった。性的シーンは現地フランスの評論家からも称賛された。

リアルな映像を引き出すためにロケ地の選定も綿密に行った。「人里離れている」「十軒くらいの集落がある」「藁(わら)ぶき屋根の家がある」などロケ地の条件を書いた手紙を東北から中部地方の約50の町村の役場に送り、情報を寄せてもらった。そのうえで、現場をてくまなく歩き、長野県小谷村の真木地区だった。

今村監督はじめスタッフと俳優らは、3年にわたって長野の山奥にこもり、撮り上げた。主演の坂本スミ子は、お婆さんを演じるために4本も前歯を削った。
1980 最高賞(パルム・ドール) 「影武者」

監督:黒澤明

影武者

黒澤明の26作目。武田信玄の影武者(仲代達矢)となった元盗人を通じ、信玄の死から武田滅亡に至る壮大な物語を描いた。資金不足で制作が危ぶまれ、黒沢監督を師と仰ぐフランシス・コッポラとジョージ・ルーカスの支援で完成できた。

黒澤監督は本作のほか、「羅生門」「七人の侍」「用心棒」「乱」などの傑作を生涯にわたり撮り続け、世界の映画界に大きな影響を与えた。 1910年(明治43年)、八人兄弟の末っ子として東京で生まれた。旧制中学を卒業後、画家を目指し、18歳で二科展入選。日本プロレタリア美術同盟に入ったが、間もなく運動から離れ、映画説明者だった兄の元に身を寄せた。

1936年(昭和11年)、26歳で東宝の前身の映画製作所「P・C・L」に助監督として入社。山本嘉次郎、成瀬巳喜男両監督らの下で脚本を勉強し、1943年「姿三四郎」で監督デビュー。同年「花咲く港」でデビューした木下恵介監督と並び日本映画界のホープと呼ばれた。女子てい身隊を描いた2作目「一番美しく」に出演した女優の矢口陽子さんと結婚した。

戦後は「わが青春に悔なし」「素晴らしき日曜日」「酔いどれ天使」と、矢継ぎ早に話題作を発表。1948年の「酔いどれ天使」では三船敏郎さんと出会い、以来、黒沢作品に欠かせない存在になった。

芥川龍之介の小説を映画化した「羅生門」(1950年)は、国内の評価はあまり高くなかったが、イタリア映画関係者らの手で、本人の知らぬ間にベネチア国際映画祭に出品され、グランプリに輝いた。さらに、米国でも、アカデミー賞の外国映画賞も受賞し、一躍“世界のクロサワ”として脚光を浴びた。

以来「生きる」「隠し砦の三悪人」でベルリン国際映画祭銀熊賞、「七人の侍」でベネチア国際映画祭銀獅子賞、「赤ひげ」「どですかでん」でモスクワ映画祭の各賞を受賞。

さらに、旧ソ連に迎えられて監督した、1975年の「デルス・ウザーラ」でアカデミー賞の外国語映画賞に輝いた。「影武者」での成功を経て、1985年の「乱」でニューヨーク映画批評家協会賞を受賞し、アカデミー賞の監督賞にもノミネートされた。

黒沢監督を師と仰ぐ外国映画人も多く、「影武者」海外版製作はジョージ・ルーカス、フランシス・コッポラ両氏が買って出た。また「七人の侍」をそのまま置き換えて、米国の「荒野の七人」が作られたほか、「隠し砦の三悪人」がジョージ・ルーカス監督に、「蜘蛛巣城」がスチーブン・スピルバーグ監督に大きな影響を与えた。

1977年には、カンヌ国際映画祭35周年記念で「世界の十大監督」の1人に選ばれた。

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1970年代

部門 受賞者
1978 監督賞 「愛の亡霊」

監督:大島渚

1960年代

部門 受賞者
1965 審査員特別賞 「怪談」

監督:小林正樹
国際批評家賞、青少年向映画賞 「東京オリンピック」

監督:市川昆
1964 審査員特別賞 「砂の女」

監督:勅使河原宏
1963 審査員特別賞 「切腹」

監督:小林正樹
1961 フランス映画高等技術委員会賞 「おとうと」

監督:市川昆
1960 審査員特別賞 「鍵」

監督:市川昆

1950年代

部門 受賞者
1959 特別表彰 「白鷺」

監督:衣笠貞之助
1957 記録映画賞 「白い山脈」

監督:今村貞雄
1954 作品賞(グランプリ)=最高賞 「地獄門」

監督:衣笠貞之助

日本映画の歴史上、世界で最も高い評価を得た作品の一つ。華麗な色彩美が絶賛された。カンヌ審査委員長のジャン・コクトー(仏映画監督)は「これこそ美の到達点」と評した。

アカデミー賞でも名誉賞(現在の国際映画賞)と衣装デザイン賞の2冠に輝いた。 ニューヨーク映画批評家賞の外国語映画賞も受賞。スイスのロカルノ国際映画祭でも最高賞(金豹賞)に選ばれた。

時代劇。衣笠監督の61作目。製作時57歳だった。主演は長谷川一夫。

地獄門
1952 撮影賞 「源氏物語」

杉山公平
(撮影技師)